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最高裁判所第三小法廷 昭和32年(オ)349号 判決 1960年7月12日

被上告人 常磐相互銀行

事実

事実――X(原告・被控訴人・上告人)は知合の訴外Aに一五万円を貸していたが、Aから「訴外Tが家の権利証と実印とを預りさえすれば、五万円貸してやるといつているから、二、三日間だけ権利証と実印を貸してくれ、その五万円ができれば銀行との取引もできて前にXから借りた一五万円も返せる」といつて、Xの所有建物の登記済証と実印の貸与方を頼まれたので、これを承諾してこれらをAに交付したところ、AはXに無断で、Y相互銀行(被告・控訴人・被上告人)との間で金一五万円を極度額として借り受けその担保のため右家屋に根抵当権を設定する旨の契約をし、Yの面前でXから預つた印章を使つてX名義の根抵当権設定契約書及び委任状(委任事項及び受任者氏名空白)を作成し、また右印章により下附された印鑑証明書を家屋権利証にそえ、これらをYに交付し、その結果Yのため根抵当権設定登記がなされ、AはYから一五万円の交付を受けた。

一審(東京地裁)は、XのYに対する根抵当不存在確認及び抹消登記の請求を認容したのに対し、

二審(東京高裁)は、次のような理由で、Xの請求を排斥し、本件根抵当権及びその登記はいずれもXのために有効に存するとした(登記の効力については上告審の審理の対象にならなかつたので省略する。前掲本誌参照)。

「Xが前記認定のような事情でAに本件建物の登記済証書と印章を交付したことは、それがAの金員借入のためであることが明かであるから、これらの品が本件建物について抵当権設定登記をするに必要なものであることと考え合せると、他にとくだんの事情のない本件においては、XからAにたいして、少くともXの代理人としてTとの間にAの債務を担保するために本件建物に抵当権を設定し、かつ、その登記のために適宜の処置をとる権限を与えたと解し得るのではあるが、Yにたいして本件建物に抵当権設定をすることについてはその権限を与えたことはこれを認め得ないのであるから、Aの本件抵当権設定行為は右代理権の範囲外であることはいうまでもない。しかし、右行為当時AはXの印章印鑑証明書及び本件建物の登記済証書を所持していて、これをYの代理人たるKに示し、Xの代理人であることを表明した以上、ほかにべつだんの事情の存することの認められない本件においては、KにおいてAにこれらの権限ありと信ずるにつき、正当の理由を有していたものであり、Kがかく信ずるにつきなんの過失がなかつたものというべきである。

さればXは民法第一一〇条第一〇九条によりAのした右根抵当権設定契約については、その責に任ずべきものであつてこの契約による本件の根抵当権はXのためにも有効に存するものと認めるのほかない。したがつてXの本件抵当権の不存在の主張は採用することができない。」

上告理由――印鑑と権利証の交付はAがTに二、三日預けるだけの目的にしかXとしては承諾していなかつたので、抵当権設定登記手続きで承認ないし委任したと見るべき何らの証拠もない。のみならず、Aは右権利証と印鑑によつてTより借金し、間もなく返金してTより権利証と印鑑の還付を受けていることを聞き知つたXは盛んにAにその返還をせまつた。もはやこの時は窃取された物の返還を請求しているものと同じ状態であつて、XがAに対して抵当権設定及び登記の代理権を授与したと認めることは不可能である。

理由

しかし、以上の事実関係、とくにAに前記登記済証と実印とを交付するに際しXにおいて了承した前示Aの依頼の内容によると、右登記済証と実印が同人の金員借入に関して交付されかつそれらの物が抵当権設定登記に必要なものであるからといつて、ただちに、XからAに対し、本件建物につきAの債務を担保するため抵当権設定の権限を与えたものとは解しがたいところであり、いわんや抵当権設定登記のために適宜の処置をとる権限を与えたものとはとうてい解しがたく、したがつてまた判示登記がXの意思に源を発しこれに由来したものと断ずることもできない筋合である。

されば、原審として判示代理権の授与を認めて表見代理の成立を肯定しかつ根抵当権設定登記を有効とするためには、Xにおいて前記のような経緯で登記済証および実印をAに交付するに至つたのは、はたして本件建物を担保に供するにつきいかなる代理権を同人に与える趣旨であつたかについて、更に審理を尽くしその間の事情を明らかにするを要するものというべく、かかる事情を明らかにすることなくたやすく前示のとおり判断した点において、原判決には審理不尽ひいては理由そごまたは理由不備の違法があることに帰し、――原判決は破棄を免れない。

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